「何とか言えよ」、僕?

今朝は、たまにある「前夜早く寝すぎて超早起き」し朝食を取りコーヒーを飲んだあとこのブログを書いています。午前3時30分。

何か気になっている事がらみのありえない悪夢で起きる事も時々あります。

頭が冴えわたっていて、いろいろなアイデアや記憶が頭をよぎる。

今日の話題は、学生時代にある交渉で相手から言われた

「何とか言えよ」です。

 

僭越ながら僕は交渉が得意、だと自負しています。そのTipsはいろいろありますが、極意の一つは「手の内を見せない」つまりは「喋らない」事です。

何かを聞かれて、あるいはそうでなくても、僕は沈黙を意図的に使います。概ね日本人はこれが苦手ですね。トーストマスターズのスピーチでも、「藤野さんは間の取り方が上手い」と褒めていただいた事もあります。

喋らずに微笑を浮かべているので、「何とか言えよ」とか「笑ってんじゃねーよ」とよく言われました。それを聞いた僕は、「何か言わなくてはいけないのかな?」「黙っているのも交渉術だよ」などとうそぶいていました。ただ、若かりし頃は良く言われましたが、歳を取ったら減りました。理由は、コミュニケーションがタテだからかな、と思います。

ヨコの関係、すなわち上下がない関係でコミュニケーションをすると、「何とか言えよ」などという命令形で何か言われる事はありません。今僕が学んでいるメンタリングのディープカンバセーションでも、このようなケースではある別のテクニックが推奨されます。

理哉 藤野

2浪1留の末慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業、一貫して外資系化学・医農動物薬受託企業日本法人でセールスエンジニアのキャリアを積む。

大学新卒で勤務した米系1社目、勤続18年余りで退職勧奨を受け、不本意ながら44歳で辞職。米系2社目に転職すると同時に「自身を磨き上げる」目的を行動に移す。ヘッドハントされて50歳から英系3社目に転職。販売困難な特殊技術を売る「最後の砦」のセールスエンジニアとして悪戦苦闘するも、2年後にポジションクローズを言い渡され(人生二度目の退職勧奨)、52歳の高齢で余儀なくされた転職活動を経て現在ドイツ系4社目に勤務。明確な目標を達成するため意欲的・刺激的な毎日を過ごす。

深く考える・読書・さまざまな自己啓発・趣味を通じて自身で構築したノウハウを礎に、3度の転職ですべて満足度と収入両方のアップを勝ち取る。1社目入社直後に受けたTOEICは430点。以後アウトプットを中心とした方法で「伝える英語」を習得、現在は業務英語を自在に操る。

宇都宮市の自宅から東京までの新幹線通勤歴27年、乗車総距離は地球40周に相当する。趣味は献血(339回)とランニング、フルマラソン完走31回(ベストタイム2時間58分31秒)。

千代田トーストマスターズ所属11年    

2022年ディストリクト76英語スピーチコンテストファイナリスト

国家資格キャリアコンサルタント

https://www.masafujino.com
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