待ち時間...は、ない
昨日、4時間待って大好きなラーメンを食べました。
4時間待ちは予想通り。なので、読みたかった本を2冊用意しました。
1冊をほぼ読み終えました。
長蛇の列でしたが、ほとんどの人がスマホを見たり、友人と話をしたり、で僕と同じように読書している人は見当たりませんでした。
待ち時間、と考えると精神衛生上よろしくない、と僕は思っています。
僕は読みたい本が無限にあるので、「やることがない」「暇だ」とはなりません、決して。
...と考えるようになってから(そうなったのはここ20年くらい)は、
待ち時間は、ないです。僕には。
何を贈るか
昨日のブログに書いた、閉店が決まった大好きなラーメン屋。
閉店前日の今日、行ってきました。いつも通りおいしかった。
僕は行こうとは思っていませんでした。
が、朝起きるとカミさんが「並んでもいいから行きたい」と。
僕と彼女で意見が割れた時、またそれが二人で同一行動を取る時、僕はあまり彼女の提案を受け入れませんが、今日は折れました。
どうやら、昨晩娘と電話で話したことも一因だったようです。
店には8時半に着き、既に40人くらいが列を作っていました。
ラッキーだったのは、待っていた場所が新幹線の高架下で傘をささずに済んだ事。4時間の待ち時間で、本を一冊ほぼ読み終えました。今日は雨で走れなかったので、立ったままで脚のトレーニングにもなりました。
家を出る時、何かを店の人に贈ろう、と思い立ちました。
相手は時々顔を合わせて話すだけの関係。住所もFirst nameも電話番号もメアドも、LineやSNSのアカウントも何にも知らない。
考えた末に、僕は自分の本に「1,500食ごちそうさま」とサインをして、会計時奥様にお渡ししました。携帯電話番号を書いた名刺も貼ったので、気が向いたら連絡をいただけるように。
我々をけしかけた娘は、カミさんの携帯からビデオ通話で奥様と挨拶を交わしていました。「可愛がってくれた、気にかけてくれた」人に対する我が娘の感謝の表わし方は、親ながらさすがだと感心しました。
1,500回のごちそうさま
残念なことがわかりました。
我々を推定1,500回にわたり幸せにしてくれたラーメン屋が閉店する。
実は今日も行ったのです。すると...
いつもは店の外に多くて10人くらい溢れている待ち人が、100人はいた。
何かあったな、とは感づきましたが、帰宅してググると多くの人がインスタグラムやブログに投稿していました。
我々が最後に行ったのは9/23(水・祝)、どうやら写真の閉店発表はその翌日だったようです。昨日「2時間並んで食べた」人もいたようです。
我々家族3人とも大好きでした。理紗が幼い頃、体調を崩して食欲がない時でもこの店のラーメンだけはよく食べました。
店が老朽化していて、僕が「建て替える時には100万円寄付しよう」なんて話をしたら妻娘から呆れられたこともありました。
大将(ご主人)、おばあちゃん、奥様、お兄さんの4人で目の回る忙しさ。
7年くらい前まではインド人女性のアルバイトもいて、彼女がいた時には今よりも客の回転が早かった。でも彼女が辞めた後任の人員補強はなかった。
我々がいつもいただいていたラーメンは、800円。たぶん採算ギリギリだったのでしょう。「1,200円くらいに値上げしてもきっと客は来るのにね」と話していました。でも、この店はそれをしなかった。
この店のカウンターに座って厨房を眺めるのが僕は好きでした。
鍋を設えて面を茹でる大将、チャーシューを切ったり薬味を盛り付けるおばあちゃん、そしてラーメンを出して片付けお金を受け取り、時には我々とのコミュニケーションを取る奥様とお兄さん。
我が家は約25年にわたり通いつめ、1,500回ラーメンをいただきました。
ごちそうさま。
メンタリティー
僕は今の会社で働いて9年近くになります。
ひとり事業部で働いていて、東京のオフィスに行くと他に8つある事業部で働く”同僚”がいるのですが、良くも悪くも「隣は何をする人ぞ」でした。その”同僚”と同行でお客様を訪問したのは、9年間で確か5回ほど。信じられない少なさです。
なので折に触れて僕から”同僚”には、「一緒に顧客訪問しましょう」と言っていました。
...という動きが、ようやくドイツ本社主導で始まり、我が日本法人でも。
早速そのメンタリティーを持った我が”同僚”との同行顧客訪問が、今月来月だけで5件発生しました。
9年間でわずか5回だったのに、メンタリティーが変化するとわずか2カ月で5回。
いいことです。
見たくないものは見えない
今日、新聞を読んでいたら...
日本には政令指定都市が20ある、ということを学びました。
全部知ってるかな、と思い書き出したら。
あれ?19しか思い当たらない。残り一つはどこだろう?
四国にはなかったよな 東京にあるのかな あれどこだろう? なんて思っていたら、
僕が思い当たらなかったその都市は、
浜松
宇都宮のライバルです。市民餃子消費量ランキングの。
人間、見たくないものは見えない ってことですね。
メールのcc
メールのcc(Carbon Copyの略)なる機能
多くの日本人は不必要に多い(「私は仕事をしてますよ」というアピールですか?) vs. 欧米人は最小限(時には意図して僕が入れたものを返信する際わざわざ外されたことさえある)
これが昂じて、僕が今のドイツ企業でボスのボスにccを入れたら、「やめろ」とたしなめられたことがあった
僕のポリシーとして、誰かに依頼のメールを送る際、その人が頼りない人であっても上司にccは入れない、逆の立場でこれをされるとすごくムカつくので
など、考えるところがいろいろあります。
35年前僕が新卒新入社員だった時、入社した米国系外資系企業では一人一人にメールカウントは付与されましたが、専用端末はありませんでした。なので、最初の米国出張でも赴任していた先輩社員の端末から自分のメールを送受信した記憶があります。
僕は何を言いたいのか。
Eメールというコミュニケーションツールは、使われ始めてまだこの程度の年数しか経っていないということです。
世に出ているいろいろなビジネス書にはEメールのお作法・エチケットに関する多様な記述がありますが、人それぞれですね。
メールのccも人それぞれですね。
代行やら支援やら
“退職代行”なるビジネスが最近あるようですね。
退職したい社員の手続きを、つまりは「会社を辞めます」を自分で言えない人に代わって上司に言ってもらう、事務手続きを代行する。
僕が2回経験した退職勧奨後の職探しでも、1回目は「再就職”支援”会社」のお世話になりました。そのサービスたるや… に失望して、2回目はそれを使わずそこに支払われるであろう50万円を退職金に上乗せさせました。
代行や支援をしてほしい人がいるから、ビジネスとして成り立っているのでしょう。
しかし、これらのビジネスは欧米にはありません。中国や韓国にはあるのかしら。
代行や支援を頼む前に、まず自分でできないかを僕は考えます。
そして、そのような考え方は日常生活のあらゆる場面において、ProfessionalでもPrivateでも、自身のオーナーシップの醸成に役立ちます。
ものまね
僕が趣味と実益を兼ねてスピーチをしていることは、ここで何度か書いていますが...
今夜のスピーチで、ある試みをしました。それは、
ものまね
です。
真似をしたお相手と実際に会ったのは、確か5回くらい。オンラインを含めて。割とうまく行きました。
ものマネしやすい人には以下のような特徴があります。
喋り方に癖がある、口癖を含めて
声色が自分と違う
度量がある
最後の「度量がある」はとても大切です。
これがない人だと、ものまねをされた人が怒りだしてしまうからです。
僕が小中学生の頃、教師の何人かはそうでした。
「度量がない」人の場合、僕は陰でものまねをします。
でも、あとで本人にバレます。しない方がいいですね。
音
人間の五感の中で、僕が神経質になるのは聴覚、音です。
僕の女房や娘は、たぶん嗅覚、匂いにすごく神経質です。僕から見ると。
幸いにして割と閑静な場所に住んでいるので、騒音に悩まされる事は少ないです。
100メートル先に踏切があるのでその音はどうしても遮断できませんが、それを承知でこの土地を買ったので許容範囲。
5~10年前は、僕が集中したいときに少しでもうるさいと機嫌が悪くなりその場を離れる、ということをよくしましたが、最近は耳栓でだいぶ我慢できるようになりました。
それでもなお、すごく静かな場所に行きたくなる衝動が、たまにあります。
近々、それを体験する時間を取る予定ですが、さて、どうなるやら。
ボールペン
僕は気に入ったボールペンを持ち歩いています。
仕事の鞄には予備を一本持っているので、仕事中は二本になります。
予備の一本は他人に貸すことがあります。筆記用具を持ち歩いていない人がたまにいるので、そんは人に貸します。
かれこれ15年くらい同じモデルを使っているでしょうか。
黒赤のボールペンとシャープペンの3種類の芯が一本に収まっています。
使い慣れたボールペンなので、他のペンを使うと太さや手応えが違うので、「書きにくい」と思ってしまいます。
昔会ったことがあるある経営者の方は、万年筆を持ち歩いていました。その方の本を買ったのですが、メッセージと共に大きな字でサインをして下さいました。
こういう所作は印象に残ります。
お願いされたくありません。
仕事をしているといろいろな人に会います
が、僕がここに書こうと思う人はいくつかのタイプにわかれます。
今日は、unprofessionalな人を書きます。僕の判断です。
メールは突然届きました。僕が彼・彼女の立場だったら先に電話をして話の概要を説明します。
メールに書かれている「字面」は理解できますが、日本語なのに内容は到底理解できません。そこで僕はメールの主に電話をしました。
僕は「何が起きたのですか?」と聞きました。メールの主(you = 人間)を主語にすると彼・彼女は僕から責められた気になるので、無生物を主語にしました。
メールの主は「話」をしてくれましたが、僕には到底理解できませんでした。予想通りです。
この人からのメールには、お決まりの「今後ともよろしくお願いします。」と書かれていました。
お願いされたくありません。

